牛尾の思い出 3
ベィリーさんと一緒に仕事をして楽しかった事がいくつかあります。
そのひとつが作品の飾り付けです。
土曜日の夕方から始まりますが、毎週この日は私の楽しみのひとつでした。
作家が搬入して来た作品をどのように飾り付けるか、思案するのです。
絵を描いたご本人は大概、その搬入までに自分の絵を仕上げる事に全勢力を
使って来られるので、なかなか冷静に飾り付けができません。
ベィリーさんは始めは静かに見守っていますが、つかつかと絵の前に歩み寄って
「この絵、あっちの壁面がいいのじゃない?」と言ってぐるっと画廊内を見渡すと、
「こちらの絵は入り口の方かしら」ともう一点の絵を指差します。
その度に私が言われたところに絵を移動させて行くと、なんだか沈んだ感じに
見えていた作品がだんだんものを言って来るように感じてきます。
そしてまたかつかつ歩いて違う絵の前でじっと見ていたかと思うと、
「この絵、よくないわね!」とはっきり言って、作家を驚かせます。
作家も普通はそんな事を言われると、自分を否定されたように感じると
思うのですが…
ベィリーさんの一言は魔法のようで、作家自身も作品がよくないと事を認めて、
この作品は外しましょうかと言う事になり、展示が済んだ画廊内を見渡すと
なるほど、何かひとつの統一感が訴える力になっていて、その瞬間がたまらなく
私は好きでした。
時にはベィリーさんでさえ、迷う飾り付けもありました。
それでも、全く慌てません。
「こういう時はトライアンドエラーよ」と言い、何度も掛け替えます。
同じ作品でも光を放つ場所とそうでない場所が必ず在ることも
トライアンドエラーで学びました。
毎回飾り付けをしていると、作品の良し悪しに限らず、作家が描いたと言う
息づかいを感じます。そして、それを観にいらした人達に伝えてあげる使命を
画廊は担っているのだと思いました。
今はベィリーさんと一緒にした飾り付けを思い出しながら、私がしています。
私には「この絵よくないわよ」と言う魔法は使えないので、
「どうかこの絵が飾られたくないと言いますように」とおまじないを使っています。